すーぱーふぃくしょん

俳優おたくの戯言(だいたい惚気)

【惚気】春を連れていった推し

春を待っていたはずがいつの間にか春は通り過ぎていて、もう夏の入り口です。あっという間の出来事でした。皆さんの春の推しごとの思い出はなんですか。

 

ところで最近いつ泣きましたか。ライフハックエントリーみたいな始まり方ですけど実際はなんの実益もない記事です。
ちなみに私はここ最近はずっと泣いていました。推しの舞台で。
流して気持ち良い方の涙です。良いハンカチが欲しいね。

 

人が誰かを強く強く思っている姿を見ると泣けてきますねえ。それが報われると、どうしてこんなに嬉しいんだろう。自分のことじゃないのに。自分のことのように。もしくはそれ以上に。
ちょっと心が綺麗になった気がします。気だけ。気がしたもん勝ちです。心だけじゃなくて美人になりたぁい!

 

 

千穐楽を終えて


推しの公演が無事千穐楽を迎えました。
推しが誇らしくて、第○次推しぴしゅきしゅきシーズンに突入したので今の感情を残しておきたくて、はてブロ始めました。

推しが今までやってきた作品に比べると、公演期間(回数)が比較的長い作品。
ファンになって6年、板の上にいる彼が誇らしいと感じた瞬間は何度もなんどもあったけど、今回の作品は確実に次元の違うどこかへ連れて行ってもらえた、そんな感覚です。目に見えないけど、確かな実感として存在しています。あの作品を好きになった人は、みんなそうなんじゃないでしょうか。

推しも演じている側として同じように思ったんじゃないかなぁ(と千秋楽後の言葉を見て思います)
確実に一皮剥けた。かけがえのない出会いだったと思います。

次の作品への切り替えが早い(方だと思う)推しが、珍しく感情を引きずっていました。
あの作品に夢中にさせられたファンとしては、推しのそんなセンチメンタルな心境が少しだけ嬉しいです。愛おしすぎる。可愛すぎる。
でも推しは、共演者の皆々は、次へ行くんですよね。先へ。未来へ。
twitterで共演者リストを更新するたびに思います。当たり前のように一緒にいた面子が、もう次へ向かっていることを実感します。使われなくなっていく公演名のハッシュタグ
うええええん、さみしい!さみしいよぉおおお

 

 

 

▼推しのポジションと意義


推しは主演でした。座長でもありました。

座長自体は何度も経験していて、推しと共演した俳優たちは皆彼を慕い、「愛がすごい」と言う。
愛がすごいのだ。お芝居に対して、共演者に対して、スタッフさんに対して。作品と、戯曲と、俳優に演出家に対して。そして観客に対して。

嬉しかった。主演だ。最初に名前があるんだよ。
実力もある。どれだけすごいものを見せてくれるか、どれだけ「好き」って思わせてくれるか、知ってる。それでも「主演」は特別だ。

 


ただ、今回の作品は「再演」という位置付けでした。
ほとんどのキャストが続投、数名のキャストが新規参入。
推しは「新規参入」の一人だったのです。

 

 

とても愛されていて、大切に思われている作品でした。
幸福な作品。こんなにもたくさんの人に思い入れや熱意を持たれている幸福な作品。

ドキドキした。

 


私は「初演」で主演をしていた俳優のことも知っています。素晴らしい俳優さんで、とてもファンに愛されている人。(以下その俳優をXくんとします)

 

再演決定時の第一報にXくんの名前は無かったんです。
Xくんのファンはざわつきました。あのキャラがXくんじゃないなんて。
じゃあ誰………?

 

 

Xくんファンは舞台観劇が好きなファンが多く、ジャンル・キャスト問わず広く作品を見ている人が多くいました。
私の推しを見たことがある人も少なく無かった。
その人たちがこう言っていました。

 

「だけど、(推し)くんなら間違いない」「(推し)くんなら絶対悪いようにはならない」
だから、"見に行く"って。

 

 

こんなにも信頼されていることって!!!ある!?!あるんだ。あるんだなあ。嬉しい。
嬉しいです。
凄いことです。すごすぎることです。
きっとXくんファンにとってものすごく大切な作品で、大切なキャラクターで、Xくんじゃなくなることをどれだけ残念に思ったことでしょう。だけど私の推しを信頼してくれていました。
推しのファンである私からしたら、本当に嬉しくて、誇らしくて、ありがたくて、そしてドキドキしました。

 

 

推しは、絶対にこの作品を大切にしてくれる。いいものを見せてくれる。大丈夫。

 

 

 

どうか、Xくんのファンの人たちや、「初演」をとても大切に思っている人たちが傷つくことなく、受け入れてもらえますように。


私の推しを見てもらえますように。推しの俳優としての覚悟を、生き方を、お芝居への愛情を、見てもらえますように。


好きだなあと思ってもらえたら、もっと嬉しい。なんだこの俳優って思ってもらえたら、なお嬉しい。

 

 

そして「初演」を知らない人にとってはこれがすべてだから、比べられないから、受け取ったもの全部丸ごと、好きになれますように。胸を張っていられますように。大好きだよって、惜しみなく言えますように。

 


そんな気持ちが、すべて昇華された千秋楽でした。
Xくんとは全くことなるアプローチでキャラクターを作り上げていた推しは、結果として多くの人に愛されていました。
彼が舞台にかける想いの全てがたくさんの人たちの心を動かしました。

 


推しは、期待していた以上にとんでもない俳優で、作品とあの空間にいたすべての人たちに熱気と愛情と夢中をくれました。
たくさんの人が彼に涙して、彼のことを凄いと感じて、好きになり、彼に手紙を書きました。
「ファンレターなんて普段かかないけど」彼には書きたくなったから、という人を何人も見ました。

 

 

めちゃくちゃ愛されてて、Xくんファンからも推しが演じる「彼」を好きになってもらえて、物語の中の彼らのことを祝福していて、それがすごく嬉しくて最高でした。

 

 

推しのことを初めて見た!という人もたくさんいたはず。そんなあなたにコングラッチュレイション!!!!!!!


「いい人見つけた!」ってときめいている人を見て、そうでしょう!!って自慢したい気持ちと、こんなすごい人にこの作品で出会えてよかったね!って祝福したい気持ちでいっぱいです。見逃さなかった幸福。出会えた幸福。知っている幸福。「知」は財産です。

 

 

すごいでしょう。私の推し、すごいでしょう。すごいんだよ!
どうか次の舞台も、その次も、またその次も見てもらえますように。

 

 

 

彼と「出会えた」人の幸福を祝福すると同時に、私は自分の推しがあの作品で主演を務めた、という私自身の幸福を最大限祝福したい。

 

 

自分の推しが、多くの人に注目されていくこと、愛されていくこと、夢中にさせていくこと。
自分の推しの凄さが世に伝わっていくこと。見つけられていくこと。
自分の推しのお芝居が、人の人生を変えること。

 


6年前推しが私に与えた衝撃や幸福を、毎日どこかで誰かに与えていること。
ずっと応援している人があの作品あの場所、あのキャストの中で真ん中にいたこと。
それがどれだけ、嬉しいか。

 


愛情いっぱいの豊かな土壌を耕し、毎日一秒一秒全力で開花して、たわわに実をつけ、観客の心に種を植えていく。もっとこの人を見てみたいという希望の種。

 


推しを好きでいてよかった。推しと出会えていてよかった。
推しのこの作品を見逃さなくてよかった。
推しのファンとして、推しがこの作品をつとめあげる姿を見ることができてよかった。
幸せで、楽しくて、嬉しくて、自慢だった。幸せだった。本当にありがとう。

 

 

 

推しに直接「○○さんの存在や言葉が、どれだけ自分の救いになっているか」と言われたことがあります。
(嬉しかった。そりゃもうめちゃくちゃに嬉しかった。めちゃくちゃに惚気たかった)
だけど、そんなのこちらのセリフです。

 


推しが毎日舞台の上に立っていてくれることが、どれだけ救いになっているか。
会いたいとき、推しは舞台に立っていてくれる。
会いたくなったら、いつだって会いに行ける。
劇場に行けば、推しに会える。
それがどれだけ、救いになっているか。

「楽しい」や「幸せ!」がいつだって劇場にある。それが嬉しいのです。
どうかこれからも、推しが舞台の上で光り輝く姿を見続けて入られますように。

 

 

 

▼この作品の今後

もしかしたらこの作品は、いつかどこかで再再演を打つかもしれません。
大好きな作品だけど、再再演をそこまで望んでいない自分もいます。
その時に推しは、もしかしたらいないかもしれない。
あの主人公は、また別の俳優さんが演じるかもしれない。
演出も、結末も変わるでしょう。今回のように。
きっと別物になるのでしょう。今回のように。


とはいえ、それでもいいです。
それでもこの作品を見に行くでしょう。それくらい大好きで、愛しい作品になりました。
作品のファンというか。繰り返し、語り継がれていくべき作品なのかもしれません。

いつかの未来に、この作品に出会えた俳優とそのファンの方々の幸福を祈っています。

 


だけど相手役が続投*1で、推しだけキャス変だったら嫉妬で耐えられそうもない。
(ファンとは勝手なもんだな!笑)

 

 

 

さて、次の現場までなにをしよう!
(働きます)

 

 

*1:推しの役には「相手」役がいました。めちゃくちゃいいんですその俳優さんとそのキャラが。推しとまた共演しますように。